フィリピン・イロイロにある田舎町、サンタバーバラにてたこ焼きやラーメンを販売しながら生活をしている私。
どうにか少しずつ軌道に乗ってきました。
前回はこちら
語学学校と決着がつきました
これまで実は何度も弁護士を通じてのやり取りを行っていたのですが、今回ようやく決着が「ほぼ」つきました。
これまでのざっくりとした経過や内容について相手にとっても配慮した形で記します。
最初
簡単な経緯としましては、私はイロイロのとある英語学校において、シニアマネージャーとして1年以上在籍していました。
衣食住+授業が無料というインターンです。
似たような形態の語学学校が違法就労で摘発されているのを当時の私はしりませんでした。
マネージャーとしての実績もそこそこよかったことから、オーナーから提案がありました。
建物の転居と共に一部スペースを借りてのカフェ営業しないかということでした。
私は即答でYES。
チャンスと思ったんですね。
条件は、電気代込みひと月20000ペソ、無料部屋の提供、テーブル・椅子などの無料提供というものでした。
その後
私に原因があるのですが、私は思うようにビジネスを進めることができず、家賃を2か月分滞納してしまいました。
契約書がないからまぁいいやと甘く考えていましたが、思えばこれが私の決定的なミスでした。
実際
ビジネスを始めるに至り、オーナーからは書類関係はすべて学校側が手配する、と話を聞いておりました。
しかしながらここはフィリピン。
確認を怠った私も悪いこともあり、実は彼らは私のために何もしていませんでした。
つまり、営業許可がない中で営業をしていたのです。
さらに、賃貸の契約書も請求していたのにも関わらず、私たちの間には一切ありませんでした。
しびれを切らした私が知人の弁護士に頼み、契約の草案を作ってもらい、オーナーに見せたのですが、彼はそれを受け入れず、後日別の契約書を見せられました。
そこには家賃が40000ペソとなっていたのです。
私はサインを拒否。
するとその1か月後に呼び出され、家賃を60000ペソにし、電気代は別、私が住んでいる部屋の水道代、電気代を月20000ペソ払わなければならないとの条件を提示されました。
もともとの条件は20000ペソ、約44000円の家賃でしたが、実質突如170000円に家賃が上がり、それに他の支払いも上乗せされた形となりました。
私は身の危険を感じ、一夜漬けでほぼすべての物品をまとめ、知人経由でトラックに荷物を載せ、語学学校を逃げ出したのでした。
その後
私は田舎に移動したのですが、パスポートがありません。
語学学校に管理されていましたから。
後日、語学学校に呼び出されたのですが、そこには学校側の弁護士がおりました。
彼は私に「150,000ペソの支払いをしないと、私を窃盗罪で訴え、刑務所に入れる」と話をしてきました。
家賃がおかしいこと、電気、水道が含まれている条件だったこと、家具は譲り受けたものだったことなどを説明しましたが、相手側は一切無視。
パスポートの返却を求めましたが、それすら拒否されてしまいました。
私としてはパスポートを人質に取られ、法外なお金を払わないと刑務所に入れられる、といういわば脅されている感情をもちました。
そこで私も大使館と連絡を取り合ったり、弁護士事務所を訪問し、弁護士さんを味方につけたりと、できる限り自分自身を守るための行動を重ねてきたのでした。
折衷案
私の弁護士さん曰く、私が150000ペソを支払う必要がないとのことでした。
・家賃滞納の20k×2か月+支払う予定だった最終月の20000ペソで合計60000ペソ
・電気、水道代は支払わなければならないが、私が在籍していた期間である5か月で25000ペソは高すぎること
・部屋代は無料でも生徒たちが基本の水道代、電気代を払っていることから、同様に基本料金は支払わなければならない可能性があること
・家具は返却が望ましい
・パスポートを返却しないのは違法
などなど、ということでした。
後日弁護士が学校側に連絡をとったら、以前は学校が私のパスポートを持っていると話していたものの、突然代理エージェントが管理していると話を変えられてしまいました。
もうめちゃくちゃです。
そんなこんなでどうにかパスポートをゲット。
その後はお金の交渉です。
結果的に今回私が支払ったお金は100k、100000ペソです。
内訳としては
家賃滞納60000ペソ
電気代3500ペソ×5か月17500ペソ
部屋基本水道光熱費1000×5000ペソ
椅子、テーブルの買い取り15000ペソ
合計97500ペソ≠100000ペソです。
正確にはそれに5000ペソの弁護菱洋上乗せして105000ペソです。
日本円で230000円の支払いです。
私にとってはとんでもなく大きな金額となりました。
ですが、これで某語学学校のオーナーとの問題は終了となったと思うと、私としては肩の荷が下りた思いでいっぱいでした。
実はまだまだ課題はあります。
どうにか一つずつクリアしていけることを願います。