フィリピン・イロイロ州サンタバーバラで、日本食カフェを経営しながら日本語教師として暮らしているTakaです。
少しずつお店も落ち着きを取り戻しつつありますが、将来について考えることが増えてきた頃のお話です。
頑張ってくれているスタッフへ
Jennyは、本当によく働いてくれるスタッフです。
気配りができて、こちらの話もしっかり聞いてくれます。
「どうすればたこ焼きをもっとおいしく焼けるか。」
「餃子をもっと上手に焼くにはどうしたらいいか。」
そんなことを自分から考え、技術を身につけようと努力する姿勢が伝わってきます。
以前から、
「何か感謝の気持ちを伝えたい。」
と思っていました。
そこで、この日は給料とは別に、ほんの気持ちだけお金を渡すことにしました。
「暑い中、いつも一生懸命働いてくれてありがとう。」
「親戚のお葬式もあったし、何かと出費もあったでしょう。」
そんな話をしながら渡すと、Jennyは驚いた表情を見せ、
「こんなことをしてもらったのは人生で初めてです。」
と、とても喜んでくれました。
こちらまでうれしくなる瞬間でした。
日本語を勉強していた生徒たち
当時、日本語を教えていた生徒は3人いました。
しかし、それぞれ事情があり、みんな学習を続けられなくなってしまいます。
Aさん
Aさんは、とても優秀な女性でした。
まだ21歳でしたが、日本語はほとんど独学。
将来は声優を目指していて、好きなアニメのセリフをYouTubeで音読したり、日本で流行していた曲を覚えたりと、本当に勉強熱心でした。
大学ではエンジニアリングを専攻し、国家試験を控えていたため、市内へ移り住み、毎日10時間以上勉強する生活に入ることになりました。

その合間にも日本語を勉強する予定だと話していました。
理解力も非常に高く、
「本当に優秀な人だな。」
と何度も感じたことを覚えています。
Bさん・Cさん
もう二人は、ひらがなとカタカナを終え、これから語彙や文法を本格的に学ぶ予定でした。
しかし、新型コロナの影響で、日本への人材派遣を行っていたエージェントから、
「しばらく日本へ送り出すのは難しい。」
という連絡があったそうです。
将来の見通しが立たない中、家族を支えるために働くことを選び、日本語学習は一旦中断することになりました。
仕方のない判断だったと思います。
この町で暮らす意味
そんな出来事が続く中で、ふと考える時間が増えました。
私は、なぜこの田舎町で暮らしているのだろう。
もともとは英語学校のマネージャーだったのにそこの学校を離れ、このサンタバーバラで新しい人生を始めました。
そして当時は、店を一から育てていました。
しかし、その前提は崩れました。
日本語を教えていた生徒たちも、それぞれ別の道へ進んでいきます。
気が付くと、自分の周りにいた人たちが少しずつ離れていき、
「ここで頑張る意味は何だろう。」
そんなことを考えるようになっていました。
サンタバーバラは本当に静かな町です。
コロナ禍では人通りも少なく、この場所で商売を続けるのは簡単ではありません。
それでも前へ
スタッフたちは良い子たちです。
ただ、SNSでJosieの誕生日会に参加している写真を見かけたこともあり、完全に安心できるわけではありませんでした。
人間関係は思っている以上に複雑です。
また、新しい名義人も探さなければならず、以前私を助けてくれた女性へお願いすることになりました。
彼女は快く引き受けてくれました。
「お金はいらない。」
と言ってくれましたが、私はそういうわけにはいきません。
お願いする以上、きちんと対価を支払い、その代わり経営には必要以上に関わらない。
そうした関係を築きたいと考えていました。
さらに、新しく始めたミニフランチャイズも、まだ成功するかどうか分かりません。
毎日が綱渡りです。
新たな競争相手
そんな中、
「Josieが隣町でたこ焼きを販売するらしい。」
という話も耳に入ってきました。
本当かどうかは分かりません。
もし事実であれば、サンタバーバラでは私のお店とフランチャイズ店が営業していたため、別の地域を選んだのかもしれません。
あるいは、以前の話し合いの内容を踏まえて判断した可能性もあります。
いずれにしても、私は私のやるべきことを続けるしかありません。
誰かを意識し続けるより、お客さんに喜んでもらえるお店を作ることのほうが大切です。
また一から
この頃は、もう一度人生の目標を考え直そうと思い始めていました。
何を目指して、どこで暮らして、どんな働き方をしたいのか。
答えはまだ見つかっていませんでした。
そういえば、この頃は子猫を飼いたいとも思っていました。
でも、住んでいたのは3階のアパート。
自由に外へ出入りできる環境ではありません。
結局その願いも、しばらく先送りになってしまいました。


コメント
やはりパートナーの存在が必要なのではないでしょうか?
私は遊びにマニラに行ってたタイプなので、現地の一般女性と知り合う機会はゼロでしたが、Takaさんの周囲の状況はどうなのでしょうか?
Josieさんが去ったからすぐ次とはなかなかならないとは思いますが、良いなと思える方が身近に居るならもうすこしそこで頑張ってみるのも手だと思います。
そちらに特に候補となりえる方が居なさそうなら都市部でビジネス再挑戦か、もしくは帰国ですかねぇ。
ただ、この悪条件が重なってる状況では現地で頑張っても結果が出ないような気がします。
逃げるのではなく戦略的な撤退です。
イチ読者としては現地で踏ん張って格闘するTakaさんのレポートを読みたいですが、走り続けて来られたので少しお疲れなのではと思います。
コロナが落ち着くまで日本で身体と心を癒して、自由に往来が出来るようになってから再挑戦!!!
というのはいかがでしょう。
こんにちは。
メッセージをありがとうございます。
ご指摘いただいた内容は、本当にその通りだと思います。
フィリピンに来たばかりの頃は、いろいろな場所へ出かけたり、新しいことに挑戦したりと、毎日が新鮮でした。しかし今は、そういったことよりも、お店や仕事に向き合う時間のほうが楽しいと感じるようになりました。
最近は、たこ焼き販売に挑戦しているRainさんが一生懸命頑張ってくれていて、私に対しても感謝の気持ちを伝えてくれています。
Josieの件を長く書いてきた直後なので、自分でも「切り替えが早いな」と少し苦笑いしてしまいますが、人との出会いや縁は、自分で思っている以上に不思議なものだと感じています。
Rainさんのように、小さな販売拠点を少しずつ増やしていき、お互いに無理なく収入を得られる仕組みを作れたら面白いな、と考えています。
振り返ると、自分の判断の甘さや未熟さが原因で招いてしまったことも多く、読んでいてもどかしく感じられる場面もあったかもしれません。
それでも、この経験から少しずつ学びながら前へ進んでいきたいと思っていますので、温かく見守っていただけたらうれしいです。