フィリピン・イロイロ州の田舎町、サンタバーバラで、たこ焼きや餃子、ラーメンを販売しながら暮らしている日本人のTakaです。
先日、施錠していた部屋に侵入され、現金を盗まれるという被害に遭いました。
今回は、その後の対応についてお話しします。
アパートを引っ越すことにしました
結論から言うと、このアパートを出ることに決めました。
理由は、窃盗事件そのものだけではありません。
事件への対応を通して、私と管理者の考え方に大きな隔たりがあると感じたからです。
私は被害が確認できた時点で、できるだけ早く対応してほしいと伝えました。
一方で、管理者からは次のような説明がありました。
- 警察には届けないでほしい。
- すぐに警備員を辞めさせると代わりがいない。
- 防犯カメラを設置する余裕はない。
- 金銭面の対応には時間がほしい。
事情があることは理解できます。
ただ、私が気になったのは、それ以上に「事件への向き合い方」でした。
私が残念に感じたこと
特に印象に残った出来事がいくつかあります。
まず、管理者は3人いましたが、直接私と話をしてくれたのは1人だけでした。
また、当初は「防犯カメラの映像は本人には見せず、給与の支払いが難しいことを理由に退職してもらう」という話だったのですが、後になって映像を本人へ見せたと聞きました。
さらに、管理者や加害者、そして偶然その場にいた私の日本人の友人を交えた話し合いが行われ、その中では私への不満も多く語られたそうです。
もちろん、管理者側にも言い分はあったのでしょう。
ただ、私は「被害者とまず向き合い、再発防止を考える」という姿勢を期待していました。
その点で、お互いの考え方は大きく違っていたのだと思います。
私なりに力になりたいと思っていました
実は私は、このアパートを応援したいという気持ちも持っていました。
コロナが落ち着いたら、日本人留学生や旅行者を受け入れられるよう、ウェブサイトを作ったり、日本のエージェントへ連絡を取ったりしていたのです。
友人をこのアパートへ紹介したのも、その一環でした。
外国人の入居者が増えれば、少しでも経営の助けになると思っていたからです。
また、私の部屋はそのほかの部屋よりも狭くエアコンもなかったのですが、エアコン付きの広い部屋を使っているローカルフィリピン人より、私の家賃は1000ペソ高く設定されていました。
なぜなのでしょう。
だからこそ、今回の出来事はとても残念でした。
感謝していることもあります
もちろん、すべてを否定するつもりはありません。
語学学校を離れる時には助けてもらいました。
MUSHINを始める際には、書類の手続きでも力を貸していただきました。
その恩は今でも忘れていません。
最後に手紙を書き、
- 助けてもらったことへの感謝
- 一人の教師として尊敬していること
- これまで支えてくれたことへのお礼
を伝えました。
感謝していることと、一緒に仕事を続けられるかどうかは、別の話です。
距離を置くという選択
今回の出来事で改めて感じたのは、信頼関係は一つの出来事ではなく、「問題が起きた時にどう向き合うか」で決まるということです。
私は、再発防止や責任の所在を明確にすることを重視していました。
一方で、管理者は別の優先順位を持っていたのでしょう。
どちらが正しいというより、お互いに大切にしているものが違っていたのだと思います。
だからこそ、このまま同じ場所で生活を続けるより、距離を置くことがお互いのためだと判断しました。
3年間、一緒に過ごした人たちでした。
ベトナムへ旅行したこともあります。
だからこそ、この結末は本当に残念でした。
それでも、海外で暮らしていると、人との縁は続くこともあれば、終わることもあります。
今回の出来事も、その一つとして受け止め、前へ進むことにします。


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