前のスタッフのJOSIEと一日をすごしました。

フィリピンでビジネス|開業・準備

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みんなと離れ離れになりました
前回のおさらい語学学校のオーナーから、突然家賃の値上げを要求されました。しかも5か月で4万ペソから6万ペソへ。契約書すら交わしていなかったため、私はその日のうちに荷造りを始め、翌日の早朝にはトラックへ荷物を積み込み、店を離れることになりまし...

サンタバーバラの一角で部屋を借り、どうにか荷物を運び終えました。

ベッド(手前のソファー)とシャワーがあるので、とりあえず生活はできます。

恥ずかしながら、生まれて初めて洗濯機を使わずに洗濯もしました。

水がどんどん汚れていくのが見えるので、「ちゃんと洗えているな」という実感があって意外と楽しかったです。

Josieと再会

日曜日、Josieに会いました。

相変わらず、日本人の私より色白です。

1週間ぶりの再会でしたが、本当にうれしかった。

彼女は私を責めることなど一切なく、

「離れることになったけど、その判断でよかったと思うよ!それよりイスとテーブル持ってきたの?ナイス!」

そう言ってハイタッチしてくれました。

本当は彼女自身も、私のお店で働けなくなり収入が減って大変なはずです。

それでも、自分のことは何一つ口にしませんでした。

この5か月、本当にいろいろなことがありました。

途中で泣きながら店を飛び出したこともありましたが、それでもJosieだけは最後まで私のそばで働き続けてくれました。

サンタバーバラを歩く

彼女に案内してもらい、サンタバーバラの町を歩いてみます。

まず驚いたのは、とにかく物価が安いこと。

ミルクティーは50ペソ。

フィリピンラーメンのバッチョイは45ペソ。

イロイロ市内ならミルクティー80ペソ、バッチョイ75ペソくらいでしょうか。

ちなみにミルクティーといっても、本物のミルクではなく粉ミルクを使っています。

でもバッチョイは普通においしい。

これから商売をするなら、まずはこうした価格帯をしっかり把握しないといけません。

結局、この日は正午から夜9時までJosieと一緒でした。

汗をかいたので一度部屋へ戻ってシャワーを浴びたのですが、彼女も一緒についてきました。

こんな簡素な部屋でも、自然体でくつろぐJosie。

それだけ私を信用してくれているのかもしれません。

彼女がいてくれるだけで、本当に心強かったです。

夜は一緒にお酒を飲みました。

元彼の話になると、少し不満をこぼしながらFacebookを見せてきます。

でも、そうやって話す姿を見ていると、本当に好きだったんだろうなとも感じました。

違う町へ来ても、こうして何でも話せる相手がいる。

それだけで十分幸せだと思えた一日でした。

Josieらしさ

お酒を飲んだあと、フィリピンのおかゆを食べていたときのことです。

一人のホームレスと思われる男性がお店に入ってきました。

店員さんたちは少し距離を置き、私もどう対応すればいいのか様子を見ていました。

するとJosieが、

「何が食べたい?」

「おかゆでいい?」

「ゆで卵も入れようか?」

「飲み物もいる?」

と、次々に話しかけ始めました。

私は半分酔っていたこともあり、その様子を見ていることしかできませんでした。

現地の言葉は聞き取れませんでしたが、男性がとても感謝していることだけは表情や身振りで十分伝わってきました。

食事代はJosieが支払い、そのまま店を後にしました。

そのあと彼女が「イナサル(路上のバーベキュー屋)へ行こう」と言うので、一緒に向かいました。

すると豚肉の串を10本ほど購入します。

「そんなに買ってどうするの?」

そう聞くと、

「お隣の家の子どもが体調を崩して元気がないから、家族みんなで食べてもらいたいんだ。」

と答えました。

私は、

「今日は本当にお世話になったから、これは私に払わせて。」

そう言うのが精一杯でした。

その日の昼、彼女がお母さんに500ペソを借りられないか相談している姿を私は見ていました。

粉ミルクをもらえたことを、子どものように喜んで私にハグしてきた姿も覚えています。

決して余裕があるわけではありません。

それでも、自分より先に誰かのことを考えて行動する。

そんな人でした。

私が店を閉めることになったときも、自分のことではなく、

「残った食材はどうするの?」

と連絡をくれました。

あのとき、その理由が少し分かった気がします。

もちろん彼女にも、感情的になったり、遅刻したり、困らせられたことはありました。

それでも、そうしたことを含めて「また一緒に働きたい」と思える人でした。

帰る前に、私がカフェで使っていた扇風機を貸し、トライシクルに乗って帰る彼女を見送りました。

この日は、本当にJosieに救われた一日でした。

そして思いました。

「今度は一緒に、たこ焼きを売ろうか。」

 

前回は

 

食事も、飲み物も安い。

ミルクティ50ペソ、フィリピンラーメンのバッチョイは45ペソです。

イロイロならミルクティ80ペソ、バッチョイ75といったところでしょうか。

 

ですがミルクはつかってない。粉と水。

バッチョイはうまい。

 

まずはこの金額状況を把握しないと…。

 

結局Josieとは正午から夜九時まで一緒にいました。

 

私が汗をかいたのでシャワーを浴びに戻ってきましたが彼女もついてきました。

こんな部屋でもリラックスできちゃう彼女。

 

私のことを信用してくれているのかな。

JOSIEがいてくれると本当に心強い。

 

夜は彼女と一緒にお酒を飲みました。

 

ずっと元カレの愚痴を話してフェイスブックを見せてくる彼女。

悪態をついていましたが、とっても好きだったんでしょうね。

 

こんな風に愚痴を一緒に違う町でも聞ける相手がいるのも幸せだなー。

 

JOSIEらしさ

お酒を飲んだ後、フィリピンのおかゆを食べていた時のことです。

 

一人の浮浪者がお店に入ってきました。

レジと接客の店員さんは、それぞれ彼から距離をとります。

私も警戒します。

 

そしたらJOSIEが。。。

「あなた何食べたいの?」

「おかゆ?ゆで卵入れる?」

「サイダーも飲みたい?」

「あんた、普段生きて行けてんの?」

 

立て続けに尋ねる彼女。

 

私はその光景を半分酔っぱらったまま見ていました。というか、情けないことに介入できませんでした。

 

私は現地語は浮浪者の言葉は活舌も悪く、声量も小さく理解できませんでしたが、彼が身振りから相当感謝しているのはわかりました。

JOSIEがお金を払い、その後お店を後にした私たち。

 

今度はJOSIEがイナサル(路上のバーベキュー屋)に行きたいというので一緒に行きました。

すると10本くらいの豚肉を買いだした彼女。

 

どうするのか聞いたら、「お隣さんの子供が具合悪くて元気ないから家族みんなでこれを食べて元気を出してもらいたいんだ」

っと答えるJOSIE。

 

私は「今日お世話になったから俺に払わせてよ。」というのが精一杯でした。

 

私はこの日の昼過ぎに彼女が彼女のお母さんに会い、私のカフェがつぶれてお金がないから、お金をお母さんから500ペソをもらう交渉をしているのを見ています。

また、彼女はお金のほかにお母さんから粉ミルクをもらって、ジャンプして喜んで私にハグをしてきているのをみています。

 

私が店を閉めるときに、私の安否よりも、残した原材料をどうするのかわざわざメールで聞いてきた彼女の理由がわかった気がしました。

 

だから私はたとえ私のお店から飛び出そうが、たばこを吸って悪態をつこうが、洗濯のために仕事に遅れるといってこようが、それよりも彼女と一緒に働けるのが好きだったのかもしれません。

 

その後は彼女に私のカフェで使っていた扇風機を貸して、彼女がトライシクルに乗るのを見届けておしまいです。

 

JOSIEに救われためちゃめちゃ幸せな一日でした。

 

今度は一緒にたこ焼き売るかー!?

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