フィリピン・イロイロ州サンタバーバラで、小さな日本食カフェを経営しながら日本語教師として暮らしているTakaです。
パートナーが交際相手を隠して、私と将来をともにするようなことをにおわせていたのですが、じつは別の交際相手がいたことが分かり、ビジネスパートナーを解消しようとしました。
しかし話し合いは思うように進まず、私がお金を支払い、この町から出て行くよう求められることになります。
今回は、その後の出来事です。
最初のバランガイでの話し合い
最初のバランガイオフィスでの話し合いは、私にとって非常に厳しい内容になりました。
特に苦しかったのは、次の3点です。
- Josieが終始ビサヤ語で話し、私は内容を十分に理解できなかったこと。
- 「ここはバランガイでの話し合いだから、弁護士には連絡できない」と進行役から説明されたこと。
- 「今ここで支払わなければ、後でもっと大きな請求を受けるかもしれない。場合によっては警察が介入する可能性もある」と言われ、大きな不安を感じたこと。
当時の私は、その説明が正しいのか判断できませんでした。
早く終わらせたいという気持ちもあり、私はJosieが求めていた3万ペソの支払いと、お店に関する権利を譲ることに同意してしまいました。
その瞬間、Josieは笑顔になり、
「次のお店探しは私も手伝うから。」
とまで話していました。
姉もとても嬉しそうな様子でした。
しかし、私の中にはどうしても納得できない気持ちが残っていました。
「それ、おかしいよ」
その後、私は以前からお世話になっている知人に今回の経緯を話しました。
彼女は高校教師として働きながら、サリサリストアも経営している女性です。
しばらく顔を出せていなかったこともあり、久しぶりに事情を説明すると、彼女は驚いた表情で話を聞いてくれました。
さらに、この話を聞いた別の女性も私に連絡をくれました。
二人とも口をそろえて言ったのは、
「その話し合い、おかしいところが多い。」
ということでした。
二人からは、
- 弁護士へ相談することは可能なはず。
- Josieがお金を請求できるかどうかは、法的な根拠が必要。
- 警察を持ち出して支払いを迫るような進め方には問題がある可能性がある。
- 外国人が当事者なのに、内容を理解できない言語だけで進めるのは適切ではない。
- 話し合いの進め方についても見直すべき点がある。
という趣旨の話を聞きました。
正直なところ、その時の私は半信半疑でした。
「励ましてくれているだけなのではないか。」
そう思っていたのです。
ところが、その二人は本当に動いてくれました。
バランガイオフィスにもJosie側にも連絡を取り、改めて話し合いの場を設けるよう調整してくれたのです。
さらに、
「次は一人で行かないで。」
と言ってくれました。
まずは私抜きで状況を整理し、その後、必要な段階で私も加わるという形を提案してくれました。
あの時は、本当にありがたかったです。
二度目の話し合い
翌日、再びバランガイオフィスへ向かいました。
Josie側は姉と母親も同席。
私は、高校教師でもある女性と、大学でビジネスを学び現在も経営に携わっている女性が一緒に来てくれました。
まるでチーム戦です。
その場の雰囲気は、前日とはまったく違いました。
進行役も前日のような強い態度ではなく、一つひとつ慎重に確認しながら話を進めていきます。
詳しいやり取りは省略しますが、最終的な合意は次のような内容になりました。
- Josie側はお店に関する権利を主張しない。
- 今後、お互いに干渉しない。
- 私は1か月以内に新しいビジネスパートナーを見つけ、必要な登録を行う。
- 金銭を請求する法的根拠は確認できないという前提で話し合いが進められた。
また、それまでのやり取りについても証拠が残っていたため、今後もし同様の問題が起きた場合には、必要に応じて関係機関へ相談することも確認されました。
私が最後にお金を渡した理由
話し合いでは、私は支払う義務はないという方向で整理されました。
それでも私は、自分の意思で気持ち程度のお金を渡しました。
理由は一つです。
これ以上、お互いが憎しみを抱えたまま終わってほしくなかったからです。
その場でJosieや家族は涙を流し、
「これで終われる。」
というようなことを話していました。
後日、私を助けてくれた女性たちには、
「今回は本当にありがとうございました。家族全員、この結果に納得しています。」
という連絡が入ったそうです。
私はすでに電話やFacebookでJosie側と連絡が取れないよう設定していたため、女性たちを通じて伝えられたのでしょう。
助けてくれた二人
後日、お礼を渡そうとしましたが、二人とも受け取りませんでした。
高校教師の女性は笑いながら、
「またたまにビールを買いに来てくれたら、それで十分。」
と言ってくれました。
もう一人の女性は、
「今度、日本語を教えてね。私の日本人の生徒を驚かせたいから。」
と笑っていました。
さらに二人は、
「もし次のパートナーが見つからなかったら、私たちも協力するよ。」
と言ってくれました。
そして、
「Takaのお店は町でも評判がいいし、あなたも誠実な人だって知られている。」
そんな言葉までかけてもらいました。
あの時の私は、本当に救われた気持ちになりました。
振り返って思うこと
今回の出来事を振り返ると、自分の甘さを痛感します。
他のスタッフには履歴書を提出してもらい、面接も行いました。
しかし、Josieだけはそれをうやむやにしたまま、一緒に仕事を始めてしまいました。
結局、私は最後まで彼女がどんな生活を送り、どんな環境で暮らしている人なのか、十分に理解できていませんでした。
信頼することと、確認を怠ることは別です。
ビジネスはビジネス。
その境界線を曖昧にしたことで、今回のような大きな問題につながってしまったのだと思います。
それでも、多くの人に助けられ、この町には信頼できる人がいることも知ることができました。
この経験を無駄にせず、また明日から、新しい気持ちでお店を再開していこうと思います。


コメント
ひと段落ですね
ラッキーでしたね
コメントありがとうございます。
今回は大きなトラブルに発展せず、本当に運が良かったと思っています。
困ったときに相談に乗ってくれた日本人の友人や、親身になって助けてくれたフィリピン人の方々、そして的確なアドバイスをくださった弁護士の先生など、多くの方に支えられました。本当に感謝しています。
今回の出来事を通して、自分自身にも反省すべき点がたくさんありました。
特に、自分にとって都合の良いように物事を解釈してしまう癖があったことは、大きな学びだったと思います。
同じ失敗を繰り返さないよう、一つひとつ経験を糧にしながら、少しずつ成長していきたいと思います。
本当に言葉が悪くて申し訳ありませんが、”他人事ながら”気になって、事の顛末を注視しておりました。
一件落着のようで安堵しました。
情緒不安定な彼女を一生懸命に悩みながら支えようとしているTakaさんを秘かに応援していましたが、このような結末を迎えるとは…。
でも、コツコツとやってきたことが町でも認められているようで本当に良かったですね。また楽しいお話を楽しみにしております。
おはようございます。
温かいコメントをありがとうございます。
今回の件については、本当にさまざまなご意見をいただきましたが、結果としては今の形で一区切りつけることができ、自分自身も納得しています。
振り返ると、当時の私は「フィリピン人同士でも簡単には人を信じない文化があるのだから、自分がそれ以上に誠実に支え続ければ、いつか気持ちが伝わるかもしれない」と、自分に都合よく解釈していた部分があったと思います。
ですが、冷静に考えれば、私たちが出会った時点ですでに事実を隠されていたわけです。その現実を受け止め、自分の考え方や人との向き合い方を見直す良いきっかけになりました。
今回の経験を無駄にせず、これからも一歩ずつ前に進んでいこうと思います。
そして、国籍や年齢に関係なく、お互いを尊重し合える相手といつか出会えることを願いながら、今日もたこ焼きを焼いてきます。
応援のメッセージ、本当にありがとうございました。
とりあえず危機は脱したようで良かったですね。
心配なのは、相手方が本当に満足してるのか分からないということですかね。
表面上は和解したように見えますが、言葉は悪いですが貧困層の方々はいつまでもいつまでも執念深く逆恨みするケースが多いようですので、しばらくは身辺気をつけられた方が良いかと。
なんとなくですが、Josieさんがしれっとお店に来てもう一度働きたいと言ってきそうな気がします。
何しろ日本の常識非常識な国ですから、何が起きても不思議じゃないと。
あと、今後の方向性はどのようにされるのか気になります。
正直、Josieさんが居たからTakaさんも頑張れていた側面があると思いますが、一人になってしまってどのようにモチベーションを保つのでしょう。
Musinを始められた時はお一人で格闘されていたので、その頃に戻るだけですかね。
今後明らかになっていくと思いますので、引き続き更新を楽しみにしてます。
コメントありがとうございます。
ご指摘いただいた点については、私もその可能性は十分あると思っています。
今回の合意では、書類上で「お店には一切関わらないこと」「私に連絡を取らないこと」などを双方で確認しました。また、これらの約束を破った場合は、これまでの脅迫に関する証拠も含めて刑事事件として扱われる可能性があることも、本人とご家族の前で確認しています。
とはいえ、何が起こるかわからないのがこの国だとも感じています。たとえ今は双方が納得していたとしても、数か月後、あるいは数年後に考えが変わる可能性もゼロではありません。
だからこそ、私としてはこれ以上争いが起きることなく、お互いに別々の人生を歩み、穏やかに過ごせることを願っています。